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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

ハングリー精神よどこへゆく

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vchi.jp
ハングリー精神という言葉を聞かなくなって久しい。

というより昔からあったことすら疑わしい。

自分以外で持っている人がいたのを見たことがない。

漫画だと昔のキン肉マンに出てくるテリーマンが本編のどこかで口にしていたのを微かに記憶しているくらいだ。

他では口にこそしていなくてもそれを体現していたような漫画は聖闘士星矢くらいだと見ている。

いずれも1980年代の漫画で今とは漫画の中の雰囲気も異なる。

当時は漫画だけじゃなくて実際の人間社会にもハングリー精神というものがあったかもしれないが。

どうなんだろ?

因みに僕が中学生だった1997~2000の3月までは少なくともハングリー精神的なモノを持とうとしていた。

大して成果を上げていなかったので今で言う意識高い系にもろ当てはまっていたが。

中学生の初期からサッカーを何故か初めてそれなりにトレーニングに時間と労力を注いできた。

大半が小学校から修練してきた者達の中での生活だったので彼らに追いつくことを目標にしていた。

ハングリー精神という言葉は頭に浮かばなかったけどやっていること自体はまさにそれだった。

別に誰かに言われて色々やろうという気持ちがあったわけではないが、

ある意味サッカーに逃げていたという側面も確かにあった。


当時はガラケースマホ、インターネットも普及していない時代だったことも影響しているだろう。

それで何もなかった人達は何かを得ようと躍起になる。

今では瞬間的に多くの情報に触れることが出来て、お金さえあればAmazonで欲しい物は大体手に入る。

でも、今の時代あまり豊かだとか本当に幸せだとか感じている人が結構少ないように思えるのは何故だろうか?

心の隙間を埋めるモノが足りていない。

明らかに僕の中高生時代よりかは触れられる情報量や人生の選択肢が飛躍的に増えているのにも関わらず。

ハングリー精神を持つことが正しいとは常に言えないけど、生きがいを持って生き生きとしているようには感じない。

元々、生まれた時点であまりにも周囲にモノが満たされているとそれはそれで幸せには程遠いのかなと思った。

文章がなかなかまとまらない。


お世話になった「仕事の神様」がよく言っていた。

「私は満足な豚より、不満足なソクラテスの方が良いです!!」と。

満足というモノが常に幸せをもたらさないのかなと感じたコメントだった。

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