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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

自分の態度を他人は意外と見ているよ

人間関係 事件 価値観 教育 環境 継続

社会人になると働いてお金を稼ぐのが主な目的となるので誰でもある程度はコミュニケーションや態度で気を付けるかと思う。

ただ、それがやらされている感や本人が元々無礼な人間だと意外と別の場面でそれを目撃することが多い。

具体例を挙げれば会話をする時にスマホを見ながらいい加減な返事をするだとか、

結構相手を軽んじたような口の利き方をするとかの類である。

後はもう元々まともに会話をする気がない明らかに喧嘩を売るような会話の仕方である。

これらは具体的に説明するのは困難だが、youtubeとかでやっていたら見てみるといい。

内容をとらえる場合にこれらは論理ではなく感覚の世界だが、

どれが普通でどれが不愉快かは実際に関わってみて体感出来る筈だ。

心の広い人や良い方に解釈してくれようとする人が世の中に多ければいいが、残念ながら少ない。

マザーテレサの言った無関心のような扱いを受けるのが関の山だ。

世の中には色々なトラブルがあり、

時にそれが事件化することも多いが案外このような些細なコミュニケーションの出来損ないが発端に見える。

始まりは何事も小さい。

実際のところは若い人にこの傾向が強いように見える。

年配の方と話していても違和感を感じることがたまにあるが、

年齢層で自分が見てきた限りでは若い人の方が多いように見えた。

偶然かもしれないが、その時のその人が喫煙している確率もそれなりだった。

果たして偶然だろうか?

生まれ育った家庭や外部の環境の影響もあるのだろうがいずれはそれすら言い訳には使えなくなる。

本人の人生の早い段階でちゃんと注意してくれる人に出会えることを祈っている。

そのまま年を無駄に重ねる方が悲惨だと思うから。

何かの分野で余程実力があっても意外な所で自分の人生に風穴を開けて足元を掬われることだってある。

ただの平凡な存在であっても無駄に人間性が悪ければそれはそれでもう終わりである。

何処か職場に所属しているのであれば、仕事の神様の言葉を借りれば「会社に居られなくなりますよ?」となる。

どこからか引導を渡されるようになるのだ。


人は大体どこかで痛い目を見てから学習するのだが、何かを失ってから学習するのだろうか?

痛い目も痛い目だと思える内に経験しておかないと取り返しのつかないことになる。

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