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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

能動的な読書からの実り

ブログを書く動機や理由等 人生の最適化 勉強関係 家族 教育 環境 継続 読書

読書をするのにも今の時代に沢山の本を読もうとするのはもう考えない方が良いのかもしれない。

自分の場合は母親が本を読みなさいということでうるさかったのだが、案外それが脳にこびりついて今も邪魔をしているのではと思っている。

結構うっとおしかったと今でも記憶しているし、誰かに強制はしたくない。

うらまれるだけだ。

少なくとも良くは思われない。

意外と役に立たないだろうし、後々誰かが幸せになるのだろうか?

別に読書をしているから偉いとか賢いというのはない。

海外へ行ったことがあるから偉いとか関係ないのと一緒だ。

下手をすると読むこと自体を目的にしてしまうことだってありうる。

今の時代は自分が読みたければ別にいいが、変な義務感を持って読むのならもう投げ出してしまった方が精神衛生上良くも見える。

活字離れというのが問題になり、メールどころかLINEがここまで世の中に浸透してしまっているから尚更短文に慣れたまずい文章脳が出来上がっているが。

自分の場合は、センター試験の現代文が出来ないことで色々と自分なりに調べて一時期色々な本を漁ってそれから語彙関係の本へ向かった。

結果的にセンター試験とはもう関係ない人生になったが語彙関係の本は見ておいて良かったと思っている。

今は何かを意識して読むことはしない。

何かを意識して読むとその何かばかり意識して意外と読むことが楽しめない。

楽しめないことから脳内で拒否感が生まれて手を付けなくなるのを防がなければならないのだ。

昨年、仕事を退職してからふらふら過ごしている中でよく書店で気になる本を購入していたが、いずれも自分が気になったから購入したのだ。


次回、引っ越すことがあった時に自分が呼んできた本を並べてどのような本を読んできたか読書の軌跡を確認してみようと思っている。

その内容から自分の人生の行き先がほんの少し見えてくれるかもしれない。

時間や体力が限られているからこそ、読んで学ぶ本も限らなければならない。

なにごとも有限なのだから。

誰かが言うからというのはあまり参考にはならないのだ。

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