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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

破滅の光と正しき闇の間に、、、、、

このブログが凄い!! ブログを書く動機や理由等 人生の最適化 人間関係 彼女との生活 家族 友人 教育 継続

www.keikubi.com

「俺は全てを失った…信じるべき正義も、組織も、愛する者も、何もかも…。
だから最後に残ったものだけは、失いたくない!信じられる、仲間だけは!!」

ブログ主本人の気持ち的にはこんな感じかなと思った。居る場所も海が近いし。

ただ彼はまだ若いし、ブログも面白いから後々何か希望はあるかと思う。

あくまで感覚で見ているだけだが。

昼間から泡盛でも飲んで、極神皇ロキの様に世界を笑うのも悪くないかもしれない。

因みに冒頭のセリフは、
2004年1月からスタートした仮面ライダー剣に登場する仮面ライダーギャレン(ある意味ビッグダディ)の終盤のセリフである。

やはり思うのが人は何か大切なモノを失うとその点に関しては理解度が跳ね上がる傾向にあるのかと今も見て思う。

ピーコックの時も、ギラファの時も傷を負いながらもなんとか封印にまでたどり着いた。

不思議だ。

失うというのは後に何かを得るとも解釈できるのだから。

遊戯王だと罠札の「血の代償」か。

失うことは得ることと表裏一体なのだな。終わりと始まりもまた同様の関係にあるかと思うが。

でも、なるべく大切なモノは失いたくないよな。

元々あるのと最初からないのでは後々の自分自身の感触や想いが格段に違うから。

だが、今後生きていく上では得るというよりも人は失うことに対する耐性をつけていかないと生きていけないと思う。

それを促進しているものの一つが断捨離なんだが。

モノに限らず、人間関係の断捨離も必要だ。

これを怠り、時に間違うと自分の人生が破滅の方向へ向かう事も珍しくない。

人生は人間関係の棚卸しだからな。

お金も何時か使っていけばなくなるもの。

下手に家や車に執着するのもあまり宜しくないかもしれない。

生きていく中で何処かで諦念のようなものを持っていないとやっていられないと思うが、
自身の人生において心の中で贅沢や失うモノの落としどころをつけないと。

失うだとか、諦めるという言葉は一見ネガティブに見えて未来がないような印象を受けるが果たして本当なのだろうか?

既に謎のポジティブシンキングに殺された人も居るし、生きていても地方都市のどこかで狂いながら会社員をしている人もいる。

ネガティブあってのポジティブだ。

一見、ネガティブに見えてもその先にあるのがネガティブでないなら考え、検証する価値はあるかと思う。


そういえば、この件と関係ないのだが最近は以前購入して読んだが暫くの間は放置していた本を探して読み直していた。

意識して必要だと判断した個所を読んでいくので割と冊数のことも気にならない。

本は借りても買っても無理をして全て読む必要がないと改めて感じた。

無理して全てに目を通しても多分、頭には何も残らないしストレスが残るだけだ。

あまり購入しないようにした方が良いという見方も確かにあるが。

英文絡みの内容は日本文だけ読んで内容を把握していくことにしていく。

間違っても覚えようという気持ちは持たない。

かえって理解や記憶が阻害されるので。

お金の事ばかりを考えて働いても、あまりお金が貯まらないのと同じ考えなのかもしれないが。

忘れた頃に貯まっているのが自分としての理想だ。

勉強も仕事もこんな風に没頭して気付けばそれなりの実力や知識を身に付けたという風になってくれれば楽しいのだけど。

気付いたら~まで来ていたという方が余計なことを考えていないから多分楽しいし継続できるんだよね。

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