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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

間接的に幸せになる方が現実的に見える

ダイエットン(豚) ブログを書く動機や理由等 人生の最適化 人間関係 勉強関係 体力 体調 教育 環境

生活していく上で誰でも体の何処かであれっ、これおかしいぞだとか、何かしんどいな、嫌だなという気持ちがどうしても出てくると思う。

それは例えば通学通勤途中だったり、勉強や仕事中、家に居る時や時に人間関係で感じる場合もあるかと思う。


そのようなことを今後も受け入れて生きていくのか、

それとも自分の生活において少しでも改善し、快適な生活を送れるようにするかで今後の展開が大きく変わってくる。

例えば、自分が先輩達に酷い目に遭って次に自分達が関わる後輩に同じことをするのか、おかしい流れを変えて未来を変えていくのかの意味に近い。

これは虐待のメカニズムに近い。

終わる事のない呪いの典型例の一つでもあるが。

目に見えることのない現代のゾンビや吸血鬼だ。


このブログに限らず全てのブログに言えることなのだが、

このブログ場合は僕自身の事や取り巻く周囲の事を基本的にありのままに書いてあるが書いている人間が居る以上、

どうしてもその人自身のバイアスがかかってくる。今更ではあるがその点には留意して欲しい。


我慢や苦労だとか申し訳ないが実は自分もそこそこしてきているのでもう色々言っていいかなと思っている。

中学校や高校へ通学する際に特に高校は通学距離が半端なかったのだが、一応我慢や苦労はしたのだが得られたモノは無かった。

失ったのは時間と色々な機会だったが。

最初の春から違和感は感じていた。

これが記事冒頭のおかしいぞとか、何かしんどいなに該当する。

部活を開始した時も含めると長距離の通学、無駄な授業、厄介な人間関係(教室内外問わず)と重なって日々の暮らしがルーティーン化すると、

おかしい事態だというのにその時は無駄に忙しく疲れているためあまり深刻に考え無くなり「時間切れ」をおこす。

で、その後は何も残らない。

後になって気付いたことではあるが、代償があまりにも大きい。

当時は山の中で暮らしていたので尚更、往復で通学するとまあ色々な意味で悲惨な生活だった。

それほど時間と気力は大切なのである。その時代の自分にしかない大切なモノというのは確かに存在する。


勉強や仕事中に自分が不快だとかしんどいと感じて、自身から削減する選択をした内容もある。

自分は視力が18を迎える頃には非常に悪かったのと、ドライアイや目があまりにも痛いのもあり2006の春に東京の品川近視クリニックでレーシックを受けた経験がある。

まだデータが保存されているかは定かではないが、視力はそれなりに回復したし常に付きまとっていた目の痛みは今では殆どない。

あれは我慢する価値がなかった。見極めるのには多少時間がかかるが。

あとは生活習慣の矯正か、自分の体は少なくとも夜中まで起きて酒を飲んだりするのには適していないため、無理にそれをすると昼間の時間も失う羽目になる。

一時期そうなっていて学業にも大いに支障をきたしたが、それも除くことにした。

勉強や仕事中に意外に気になるのが、「腹の脂肪」である。特に制服やスーツを着ていると尚更誤魔化しが効かなくなり、

呼吸が苦しくなる等の弊害が出てくる。

此方も別に好きで腹の脂肪を貯め込んでいるわけではないが、まともに運動をする習慣が減って年齢がある程度になってくると嫌でもそうなる確率が上がる。

座っている時にこの窮屈さを味わうと発狂しそうになるが、今のところ昼間しか炭水化物を取らないとか、

脂肪は削減できなくてもジムや温泉でサウナを活用し、体内の油やアルコールを抜こうとする姿勢を持てば肌位はまあきれいになるかと自分に言い聞かせている。

パソコン内のファイルを削除するように、体内の特に腹の脂肪を削減するのは難しい。

難しいが直接やろうとせずに普段より体を温めておくだとか、手足のストレッチを行い今後の動ける姿勢の土台作りをして間接から直接へ向かう方が現実的かと感じた。


本だと、僕は大きくて分厚い本を使いたくない。

指が短いから使っていると無意識に妙なストレスが発生するのだ。

ついこの間まで必要があって大きなテキストを使用する機会があったのだが、やはりこの考え方がかわることはない。

個人的にはB5サイズのページで構成された本の方が持ちやすく、その点のおかげで理解や記憶が捗っていると信じている。

贅沢だという批判もあるかと思うが、人も本も見た目や内容も大切だが感覚的な点で自分とも合うのかという見方も事実なのだ。

この点は論理とかでは説明しきれないからあまり人に話すのも躊躇うのだけど。


ストレスというのは時に人に刺激を与え、スポーツや仕事の結果に良いように影響を与える場合もあるがそうでない人もいるので全てとはいえない。

人それぞれに勝ちパターン的な状況というのもあるだろうし、

今しているとされる我慢や苦労、努力もあれば一度自分の中で自問自答する必要がある。

ほんの少しだけ考えるだけでいいのだが、今後の自分にそれをして何かいいのかなと。

下手に我慢や苦労、努力をしていてもおそらく長くは続かない。いずれ心が折れるフェーズに入る可能性もある。

生きていて直接自分が幸せだと思う方向へ速攻で行けるのなら幸せだと思う。

でも、やってみないと分からないことだらけだからせめて自分の生活において不快だとか、何か不味いモノから削減してせめて「不快さ」を無くしていけば、
要領は悪いが、割と快適な生活にはかなり近づけるかと。


間接的に何かをして証明していく点は昔、数学でやった「背理法」に近いところがあるなあとも思ったよ。

これは色々なところで有効な手法らしいが。


最後にこのリンクを貼っておく。仕事をする人が読んだら面白いかと思うので。僕は毎回楽しみにしている。
cybozushiki.cybozu.co.jp

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