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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

人の幸せを素直に祝福できるようにしよう

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人間面白いもので人のことは割と簡単に裏切るのだが、自分がしてきたことや努力を否定されること、自腹を切ることはなかなか許容できない不思議な気質があると思う。

自分も幾らか心当たりあるのでこの気質の存在は本当だと見ている。

そんな風に出来ているからとしか説明のしようがないのだが。


さて、最近まで自分が居た場所でどんどん就職が決まってきている。

ある掲示板があてがわれてるのでそれに何か投稿があれば、祝福のコメントを書いていくし+αのイベントの発生があれば多少それにも言及することもある。

個人情報が絡む内容なので、あくまで本の一文記すくらいだ。

祝福する時に思う事は基本的に書いた気持ちと自分の内面はほぼ同じだということだ。

めでたい。ただそれだけ。

あの人頑張っていたからなと思いながら祝福のコメントをスッと入れておく。

結婚式でも自分は自分が人として好意を持っている人の式にしか参加しないので祝福の気持ちだけ持って祝福に行く。

誰かの良いことを祝福することまで強要しないけど、それが自然に出来る生き方の方が案外自分にも良いかもしれない。

ここを論理的に証明するのは困難だけど、そんな気がするのだ。

あくまで感覚の問題。


醜い具体例も以下に記載しておく。

リーマンショック直前に某練習船にて、その時にカップルが成立していたかは定かではないが彼女であった女性は大手に内定を貰っていたが、

結局、彼氏と言われた男性は最後の最後まで内定を貰えないで卒業してしまうことがあった。

その男性は彼女のことをどう見ていたか知らないが、面白くなかったのだろうね。

無理やりよりを戻そうとしたり、彼女の眼鏡を破壊したりと色々とやらかしてしまったそうだ。

全て他人から聞いた情報なので信憑性に欠けるが、まあ大体は当たりなのだろう。

最後は彼女は船内の別の男性と付き合うことになったそうだが、元彼は無駄にプライドが高かったのもあり色々と大変だったようだ。

自分の彼女の内定くらい祝ってやれよ。

樹海で「祝ってやる!」っていう位の気概が無いとつまらんぜよ?

僕の場合は、彼に対してマザーテレサの無関心なのでどうでもいいけど、あの話を思い出すと他人の良い事に祝福できずにやらかす人はまあこんな感じだということです。

ほんの一例なんだけどね。

今思うと、当時のリーマンショックは彼の日頃の行いに対する神の裁きだった面もあったのかもしれない。


自分にもしそれなりに良い事があった時にこそ、

今までの人間関係の更新(アップデート)の重要な機会になる可能性が今後も多いかと思う。

心底祝福してくれるのか、それとも妬むのか。

あなたなら何方と今後も仲良くしていきたいですか?


あっ、あとあまりTwitterとかFacebookに自分の祝福されるであろう内容とかは気易く上げない方がいいと思う。

見ている人が全員まともな人ばかりでもないし、自分の幸せを破壊しにくる人もいるかもしれないから。

LINEも同様か。

インターネットの情報が全てではないから。

下手にSNSを見て勝手に不幸になる人も意外に多いので。

そういうの自滅っていうのだけど。人生の脳内アポトーシスだ。


そういえば、全く関係ないのだけれど最近知り合いから教えて貰ったのが、マクドナルドって頼んだら「水」も容器に入れてくれるみたい。

実際に「水」を貰って飲んでいる人を1月に見たけど、店員さんしか知らないような情報だと当時は感じたな。


というわけで、人間関係の断捨離をする際は、タイミングとしては自分が成功だの上手くいった時の周囲の反応が一つの基準になるなあというお話でした!

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