読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

愛媛県松山市の〇〇-○et万歳! (まだ内容は明かせない)

ブログを書く動機や理由等 サポステ 人生の最適化 人間関係 勉強関係 体力 体調 友人 家族 教育 松山市 環境 継続

3月1日の夕方に4ヶ月通ったIT系の職業訓練が終わった。


グループワークというのを二つの班に分かれて行ったのだが、主力メンバーの彼にかなり依存していたので申し訳なく思う。

扱うネタに関しては「大将」のつてをあてにしてしまったことも否めないが、終盤に話していて色々と他の人の事が分かり始めることもあり意思疎通の大切さを今更ながら理解し始めた。


依存しまくった彼は近い内に一緒にラーメンを食べに行って奢る位のことはしようかと思う。

彼はできれば東京へいくべきだ。

都会に行けば、彼のようなギークマンが無数に居て彼の体内でも化学変化が起きるかと思う。

その位、可能性に満ち溢れているので勿体無いルートは選んで欲しくない。(上から目線ではないよw)


自分は昨年の退職の仕方からして凄惨な光景の広がる中で舞台を降りることになった。

その後は、特に勝算もなくあてもなく親元に厄介になり神戸や大阪をうろついていてまさに生きる屍状態であった。

ニートのphaさんの本を海に居た頃から読んでいてどこかの本にIT系の職業訓練に関する記事があったのがずっと記憶に残っていた。

愛媛県松山市にポリテクセンターではない、民間の企業で受けることができた。

自分が脱落すると思われていたが、思われても仕方ないと感じている。

実際のところ、脱落するというより追放される説の方が個人的にはありえたので日々戦々恐々としていたのだが。

辞めたところで自分には行くところもなかったし、後々のことは漠然と考えてはいたが離れるわけにはいかなかった。

新幹線にしろ、IT関連にしろ、予備校にしろ四国、いや松山市が意外と遅れていることは色々と見て聞いて強く感じた。

あちらの社長が他県へ召喚されるほどだから、その「他県」にはその人クラスの力を持った人が存在しないということなのだろう。


南海放送アナウンサーの門田洋子さんのお話を聞けたのは確かに奇跡だったと思う。

声が物凄くきれいでとても実年齢の方とは思えなかった。

アクセス解析をされた方の話を聞いてみると、愛媛県外からのアクセスが多かったそうだ。

県外の方がどうやって知ったのかは分からないが非常に気になるところである。

11,12月は昼休みに仲良くなった人達とよく雑談をしていた。

本当に他愛の無いしょうもない話ばかりだったが、その中でビジネスの種のようなものも微かにあったように思う。

ある場所で講師をされていた女性とも徐々に話すこともあり、島根県の話で盛り上がったりと訓練中で不謹慎ではあるが楽しい時間もあった。

佳境にさしかかると昼休みですらグループワーク、
またはそれに関連する事と周囲の人達の顔つきが険しくなるのもあり11,12月の時の空気を知る自分からすればもうこのフェーズだと痛感した。

傷の舐めあいは毛頭するつもりはないが、多少誰かを見て幸せになるように思案することも大切かなと思うところはあったが。

誰かが泣くところも見てしまったので。

経験者の方と会い、お話できたのも自分にとってはためになった。

楽しさもあり、勉強もあり本来なら知り合うことなく自分は生涯を終えていたのかもしれない。


最後は、ある方(仕事の神様)の厳しさの中に優しさが垣間見えた気がした。

自分は、「理由」があってその人を裏切ってしまわなければならない。

徐々に自分は現れなくなると思う。

まもなく愛媛県松山市を離れて大阪へ向かうのだが、来月からなにやらする予定なので。

せめてその瞬間だけボウズで絡んで話せることだけ話しておきたい。


春から初夏にかけて身を削りある事をしなければならない。

ずっと考え続けてきたが決断することとする。(仕事関係なのだけど)

自分はこれから「裏切り者」になってしまうので二度とその人の目の前に現れるわけには行かない。

これが「裏切り者」が当事者に出来るせめてもの礼儀だ。

後からノコノコ現れて、そんなつもりはなかったと言う無様な真似はしない。


生きていて色々と後悔する事が多かったが今回の訓練を通して短い期間だったが、考えたり調べたりするきっかけは生まれた。

知識と技術は確かに大切だが、結局はそれは扱う人間が悪か愚かならばすぐに崩壊するだろうし、たった一人のリスク管理が脆弱であれば全体に悪影響を及ぼし崩壊する。

このことはITに限定された話題ではない。

自分が船員として海に居た頃も同様の事実だったのだ。

全ての仕事に言える事でもある。

色々ときついことを言われ、罵倒されたがいずれブログやツイッターのネタにすることを想定してノートに記し続けてきた。

こうやって考えてみるといくら辛いと見える訓練や仕事でも考え方次第で「楽しみ」に転化することも可能なのだ。



世の中、諸行無常なので学び続けて変わり続ける姿勢は全ての世界で嫌でも要求される。その根幹を学んだ時期でもあった。

これからこの場所を受験しようと検討中の方はある程度、心の中にも耐久力を備えた方がいい。

そういうところなのだから。

広告を非表示にする