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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

自分は発達障害ではないかと思っている(発達障害の方達、本当にすみません) 発達障害の子供達の可能性の考察も多少

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かと言ってエジソンアインシュタインのような素晴らしい人間の素養もあるわけではなくそもそも発達障害であるかも実際のところ分からない。


とりあえず、ただのボンクラには間違いない。

縁を切った先輩のスマホには今でも自分の名前が「ボンクラ〇〇」と記録されているに違いない。

僕は、自覚しているから指摘されてもあまり気にならないのが現実だ。



小学校低学年の頃から大学専攻科を卒業をしてからでも人の話を聞けない性格であるのが治っていない。

時にこれが原因で絶縁が発生したほどである。

好んで話を聞けないわけじゃない。

何故かこの現象が発生してしまうのだ。

今までいろいろな本を読み、考えるようにもしてきた。
(それだけでは足りないのだが。基本的に徒労に終わった。)

中学校や高等学校での化学や生物の数人がかりでやる実験が大嫌いだった。

高校一年生の頃の化学の実験は嫌いな人間二人と一緒で本当に最悪だったのだ。

今の自分だったら迷わず途中で暴れて、そのまま帰宅して退学している。
多分、ついでに顔面ストレートもかましていると思う。

しなくて良い我慢の典型例の一つだった。

まあ、自分が昔からどこか悪い意味で他の皆と違うなあと漠然と感じていたのはあるが。

自分がどこかおかしい人間なのは理解している。

せめて、自覚することはしておきたい。


ただ昔から顕著だったのは本だろうがゲームだろうが没頭すれば寝食を忘れて、
平気で他の全てをなげうって取り組むことが確かにあった。

その対象が時に本やゲームで、ある時は水産加工工場でトラフグの解体処理に参加していたりと心当たりはあった。

ある程度の成果を求めていたが、一心不乱にやっていたのは確かに間違いなかった。

案外、発達障害の気のある人間と「没頭」というのは親和性が高いのだろうか?

何らかの関連があるのはもう今の時代では間違いないと思う。


また、別の不思議な性質を時に感じる事がある。

それは周囲の話や個人特有の話、テキストや紙に記載されている情報を覚えようだとか記憶しようという気持ちを持たないで触れていると意外と記憶が捗っているような気もするのだ。

なんでもかんでも理解や記憶出来たらその方が色々と都合が良いかもしれないが、

そのような欲を持たないで情報に触れている方が記憶の定着率が高いのは本当に不思議だと感じた。

もしかするとリラックスして接しているからこそ良い結果をもたらしているのかもしれない。

魚の名称でもゲームや漫画での設定等を意外と細かく記憶している。

まさにそれなのだろうか?

この特性が仕事や学問に出て来たら幸せ以外の何物でもない。



あるプログラミング教室に通ってくる小学生の男の子数人は別の場所で発達障害のレッテルを貼られて日々生活をしているそうだ。

両親がどのような想いでその子達を教室へ連れていき学ばせているかは分からないが、

その子達の一人はこう言ったそうだ。

「将来、僕のお母さんを守るボディーガードのロボットを作りたい!」と。

それはそれは発想が豊かだそうで。

もしかすると、21世紀のエジソンアインシュタイン予備軍なのかもしれないが。

その子達を見ていて、自分はどうなんだろうか?と思う事が最近多くなった。

その子達は予め用意された教材や道具そっちのけで好きに動き回り、
大人が驚くモノを作り出してしまう事も少なくないらしい。

このような発想力は殆どの人が大人になるにつれておそらく無意識に捨ててしまっているのだろう。

生きていく上ではあるべき姿なのかもしれないが、
発達障害と言われている子達の発想力は時に世界の財産になる可能性も秘めている筈だ。

そう信じたい。



部屋に関してだが、

今、自分が出来ると思った事は散らかすと際限がないので室内は本当に必要最低限の品しか置かないとか、

まあ、生活が最適化出来るようにシンプルな形を目指すといったことだろうか?



ネットサーフィンをしていて偶然このサイトを見つけた。

読んでいて結構思うところがあったので、
この記事ではこのブログを貼り付けて終わることにしたい。


http://majikuzu.doorblog.jp/



ショッカーでもゲルショッカーでもデストロンでもいい、
僕の脳を改造してくれないだろうか?

出来るならいつの日か自分の脳とハードディスクを融合出来たらなんて思ってしまう。

そうすれば、ただ記憶して解答するだけのテストならもう実施されないだろう。


たんぱく質で製造されたパソコンがあればうまくいくかもしれないが。

それは実は脳味噌なのだがね。