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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

あんまり他人に同じ事を言わないように

ブログを書く動機や理由等 人間関係 友人 体調 人生の最適化 教育 松山市

今は居なくなってしまった人だが、その人から先月よく君は「楽観的だね」と言われていた。

そんなに数えていたわけではないが合計5,6回は言われていたと思う。

特に苛立っていたわけではないが、少し妙な気持ちではあった。

言っている本人も多少様子がおかしい感じもしていたが。

休み時間か雑談の中で言っていたように思う。

あまり何度も同じ話をするだとか、同じ単語を連呼されるだとか好きではないのだが余程本人がそう言いたかったからそうしていたのかな?なんて自分の中で解釈していた。


一度、席の隣のパソコンが得意な子と一緒にmacへ連れていかれて色々と話すことになったのだが、

変な占いにはまっていてガチでその話になった時に僕は普通に受け答えをしていたが、一緒に居た彼は多少引いている感じだった。

僕の見た限り、こいつ危ねえって気持ちでいたのではと見ている。


「楽観的」だねって言葉ばかりの表現だったけど、オブラートに包まないで表現したら、多分こうだったろう。

「お前、大して出来ない癖に本当に呑気だな!」

当たらずとも遠からずだと見ている。

楽観的といっても別に今居る場所で変な事なんてしていないし、なんやろななんて思ってしまう。


大体、誰かに対して同じ言葉を連呼している人はオブラートに包まないといけない何かを持っている可能性がある。

何度も口に出すということは、一応その人が一番言いたい事なのだと思うが。

現代文の問題でも筆者は同じことを何度も表現を変えて繰り返し主張するらしいが、そんな感じだろうか。


更にその人のことを少し意地悪な目で見てみると、

ここ最近は自分が有能であるかのようにアピールしているような素振りも見受けられた。

具体的にはあまり書けないが、何かを調べてそれを今の状況に当てはめようとする考えだった。

考え自体は多少役に立つのでしょうねと思うが、本人は物凄くアピールしているかのようにも見えたのだ。

有能だと思われたいのは誰だってある気持ちだけど、それを非常に強く感じた瞬間だった。



数日後、彼は居なくなった。

その晩に少しだけLINEして返事が来たのだが、おそらく今後会う事もそんなに無いと思う。


別に僕は大して楽観的じゃない。

中高生の頃は勉強の事でも人間関係の事でもかなり焦っていた身だ。

今でも頭の中では焦ることは多い。

ただ、楽観的じゃないからといって得する事があるんだろうか?

人間、変に追いつめられるとおかしなことをやりだす場合がある。

そんなことも知っているから開き直っているという側面もあるのだ。

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