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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

インターネットは副教材

人生の最適化 人間関係 勉強関係 環境 犯罪対策 読書

漠然と高校、大学時代に感じていたことなのだが実はインターネットは万能ではないし、
世の中の全てが収まっている宝庫でもない。

こんなにSNSスマホが普及していても、
紙の本や実体験からしか学べない事にはインターネットは勝てない。

厳密にいえば、
インターネットだけでは足りないという事だろうか。


中身もなくいきなりインターネットでどうにかしてやろうとすると、
その膨大な情報量に振り回されていずれ脳が電子破壊されてしまうおそれがある。


自分で気の利いた検索すら出来ない要因にもなり得るのだ。


にちゃんねる創設者のひろゆき氏もこう述べている。
「嘘を嘘と見抜けないと(掲示板を使うのは)難しい」と。

別に掲示板だけに限った話ではない。

全てのコンテンツに言えることなので。

話半分で情報を見てみるのが一番安全かもしれない。

最近はその点に関して強く感じていて、

数学、物理、化学、生物、そして現在取り組んでいるIT関連の内容にも言えることであると見ている。

それに紙の本を使うということは、
脳に限らず色々な体の箇所を使うので意外な所から刺激が集まるようなのだ。

紙に触れている指や手、ページを捲る時の感触と特に睡眠を十分取った時でも時間がある程度経過した後に再び触れてみると意外と記憶していることが多い筈だ。

自分も本の表面や重さ等でセットで内容を大まかに記憶していたように思う。

足でも靴を履いた時に回数が多ければ、
履いた時の感触が足にやはり記憶される。

人間の体というのは神様が人間に記憶させるために設計して作られたのかと思うくらいだ。

手や足にも多少の脳があるんじゃないかと疑ったこともある。

ゴジラに登場する「アンギラス」という亀みたいな怪獣が居るのだが、
アンギラス」は頭部に限らず体の各部分に脳があると断面図で本に書かれていたことを思い出した。

人間もアンギラスも結構似ているのかな。

それにしても、
アナログでの記憶は今後も自分は重視していくだろう。

とにかく大切だと言ってもあまり差し支えなさそうだし。


人はある程度、
紙の本と格闘してからインターネットに触れないと振り回されるだけだろう。

小中学生、高校生がスマホを持ち歩いているのをよく見かけるが色々な意味で懸念している。


インターネットは副教材なんだよ。

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