読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

ミニマリストやミニマリズムなんて知らなかった。

お金 体力 体調 恐怖のいらない物シリーズ 物欲 環境

タイトルの通り本当に知らなかった。

昨年の10月か11月辺りにブックオフで佐々木さんのミニマリストの本を購入してから本格的に知ったのだ。

内容は僕が今の居住区に移ってからの生活にかなり近いモノであった。

もっとも愛媛大や松山大の学生達が借りるような狭い狭いアパートの一室なので大してモノが置けるわけではない。

生涯そこでずっと暮らすつもりはあまりないのだが、
自分の居るであろう部屋が広くなればなるほど所有するモノはあまり持たないようになると思う。

ただの好奇心で買うと後で高い確率で不要になるだろうし、ソファもベッドも必要性を感じていない。

時々、ビジネスホテルで宿泊した際に味わったら良いとかとも思っている。

沢山モノを所有すれば埃もそれなりに溜まってくるし、掃除機がかけにくくなることはまず間違いない。

一人の人間が管理出来るモノや本、書類等は相当限定されているのだ。

まずはそれを知らないと無限にモノを集めるとかを考えてしまうことだってある。

お金も時間も浪費してしまうなんて悪夢以外の何物でもない。

自分にとってモノに囲まれて過ごすことが幸せだと考えるのは幻想だ。

ただ、この境地に達するには孤独に慣れているという孤独に対する耐性を身に付けるのと同様に非常に困難な事なのかもしれない。




この間、法事に出かけた先の京都の屋敷では随分とモノが溢れていた。

見たところ、溢れているモノの大半が実はあまり使われていないようにも思えた。

そこの人達は更に色々と忙しいので最早それらを取り除くことすら時間的にも体力的にも困難になっていた。

あれは本当に幸せではないだろう。

本人達も無意識に何か違和感を感じているだろうけど、
あんなにモノが溢れていると心の中の収集も意外につかないのではないか。

このことも早ければ早い内に気付き、実践すべきなのだ。

年を取れば取るほど、時間も体力も無くなっていくんだから。

人はいつまでも努力出来る生き物じゃない。





断捨離という言葉は嫌いだ。

だったら初めから消耗品ばかり購入して生活していた方が金も意外に残っただろう。

結局なんとなく手に入れたモノでは心の隙間を埋めることが出来なかったという事実がようやく理解されただけだ。

消耗品というのはどうせ消える、捨てられて目の前になくなるという点から多くの人からイメージ上では軽んじられているのかもしれないが。

モノが売れないと困るというけれど、
無駄に売れることによってマキシマリストに変貌してしまう方が余程不幸だよね。

広告を非表示にする