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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

大学時代のアパートの大家が熱心な新興宗教家だった件

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2004年の1月だったと思う。

アパートに入る前に家族で大家の家に挨拶しに行ったのだが、
仏壇が彼方の室内に二つあることに違和感を覚えていた。

今思うとあれが伏線であり、全ての始まりだった。

大抵、生活をしていて感覚的に違和感を覚えたらそれは正解だと思う。

何かを感じたら自分の直感を素直に信じてあげたらいい。

それが生存確率を上げる場合もあるのだから。

違和感を感じたら妥協せずに色々と調べて検証してみることも大切だ。

時にそれを怠ると地獄を見る。

アパートに入ってから一月ほどしてからか、
同じフロアの先輩からあの大家にはあまり関わらない方が良いよと警告を受けた。

どうもあの大家が胡散臭い新興宗教に入信していて学生ですら勧誘してくるというのだ。

だらしない先輩だったので当初は話半分で聞いていたのだが、

入居期間が長くなるにつれ徐々にその言葉が現実味を帯びてくるのを感じた。

ある日、北九州小倉北区でその新興宗教の集会があるということで連れていかれそうになったことがある。

幾らかお金の話もされたが華麗にスルーした。

アムウェイに嵌っている人みたいに目がいっちゃっていた。

家に誘われて同じ学科の友人2人を大家の家に連れていき様子を見たこともある。

まあインチキだとすぐに理解したが、
人間は信じるものがあることは良いことだと感じた。

宗教を信仰している人は自殺しないらしい。

信じるものがあるから自殺しないとのことだ。

自分の娘すら支配下においていることには戦慄を覚えたが、
まあこんな人生もあるのだろう。

二つある内の仏壇も本人が未亡人だというのと、
もう一つはあちらの宗教のお偉いさんのらしい。

ようやく理解した。

友人二人も無事に解放されたが一人で家に入るのが怖かったので道連れ的なノリで話をつけて興味本位で入ってみたのだが、

無事に帰宅出来て良かった。

その内一人の友人とは今も仲良くして貰っている。

今は立派なお魚ハンターだ。

あの後、

その大家は九州地方から仲間を大量に呼び寄せて謎のお経を集団で唱えながらアパートの周囲を旋回する等の謎行動というか、

奇行に走ったりしたがなんとか無事に学科を卒業して下宿へ逃げることが出来た。

奇行の理由をある日尋ねてみたが、
どうも我々が充実した学生生活を送れるようにするためにしたようだった。

心配してくれるのはありがたいが、これこそが有難迷惑だ。

そっとしておいてほしかった。

今では特に被害はないが、学校や職場と新興宗教には気を付けた方がいい。

特に無駄に攻撃的だとか他の宗教に対して敵意があるだとか、
後は金銭の絡む事情だとかがある。

霊感商法がその典型例だ。

僕が信じているのは自分だ。

それと同時に自分を疑う時もあるが。

先が見えない世の中だけど、無頼に生きる生き方も身に付けないといけない。

おそらく今後も宗教には頼らないで生きていく。

自分の足で立つんだ。
そして、時に自分で戦う。
戦わなければ生き残れない❗
www.keikubi.com

渡航経験がなくても卑屈にならなくていい

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知り合いの女性を見ていてよく感じることだった。

誰かのFacebookを見たりして尚更そう感じることも多いのだろうか。

会話の中で海外旅行や海外留学に対する憧れのようなものは確かに感じたが、

それ以上に憧れというかそれをすれば自分の人生に箔が付くと考えているようにも思えた。

このことは僕の考え過ぎかもしれないのでここで書く程度に留めたい。

彼女が海外への憧れを持っているということで、

その海外へ行く機会もあり得るある仕事のことも紹介してみたがあまり関心を示さなかった。

その国はタイランドなのだけど。

その女性も自分の人生というか、

生活が土壇場になってきたらまた違った返事をしてくるかもしれないが贅沢だなと思った。

僕が見た場合は憧れこそ口にしてはいるが、

自分でパスポートを取得するとか(パスポートは5年分だと黒色で10年分だと赤色)、

行きたい国の事情や習慣を調べるだとか、

外務省の情報を読むとかをしていないように見えた。

有事の際は戦わずに走って逃げることもおそらくは考えてはいないだろう。

元々、見栄を気にするところもあったのでおそらくその辺りから渡航経験について考えだしたと思う。

本当に行きたいと思ったら色々と準備して行ってみたらいい。

ただ、若くてある程度動ける内がお勧めだ。

ある年配の方曰く、若くて動ける内にもっと旅行しておけば良かったと言っているのを聞いたことがあるので。

僕は練習船を含めて船員時代に色々な国に行けたこともあり、あまり海外旅行には憧れは無い。

今後はタイに行ってフルーツを食べ歩いたり、彼方の食文化や漁業について調べてみたいなあという気持ちはあるのだけど。

仕事で海外へ行けたことはありがたかった。

おかげ様で日本の安全さや素晴らしさを再確認出来た。

今後も安全で素晴らしいかは分からないけど、外から見る日本というのも良いと思った。

海外へよく行く時期があったけど、僕の性格や知能は殆ど変化していない。

イングリッシュモンスターの菊池さんは仙台で気持ちだけ留学してあれだけの英語力をマスターされたそうだ。

渡航経験について考えるのは結構だが、あまりにも渡航経験にとらわれるのも考えものだ。

変に執着せずに生きていきたい。
dutoit6.com

勉強出来ない人ほど予備校へは行かない方がいい

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ここでは予備校というのは厳密には大学受験予備校を指す。

自分の経験談でしか話せないが、単刀直入に言うと学力が低いならあまり予備校は当てにしない方がいい。

学力が高い生徒さんはタダ券か半額券を貰いながら自習室で悠々自適に過ごしていることも多いそうだ。

今では結構有名な事実だと思う。

勉強出来ない生徒側が金銭的負担を強いられて、

勉強できる生徒側が搾取されたお金で好きに動き回る。

それで勉強出来ない生徒側が成果をあげられたらまだ救いはあるが実際はどうなのだろう。

このことはつい最近読んだ週刊誌にも掲載されていたが、今更かよと思ってしまった。

自分が浪人をしていた2003以前からあった筈だ。

その当時、面識はないが武田塾社長の林尚弘氏も某予備校へ通い養分にされている。

彼の場合は著書を読む限り、現役時代から養分にされていたようだ。

非常に気の毒である。
www.ryokutetsu.net
www.takeda.tv
こういうのは出来れば中学時代に気付くべきで浪人生になって気付くと大学合格が難しくなる。

何かと時間が取られ、精神的にも体力的にも時間がなくなるからだ。

和田秀樹さんの通信教育や武田塾みたいな所で上手く学べばまだ救いはあるかもしれないが、

何も知らないで予備校へ通い出すと地獄を見る。

自分がそうだった。

自学自習時間が取れなくなるので当時、現代社会と生物は不要だと担任とされる者に伝えたが適当にうまく丸め込まれて結局、

一年間の85万円を支払う羽目になった。

この金額は予備校を辞める数日前に父親の持つ書類を見せてもらって初めて知った。

内容としてはひたすら授業を受けさせられ、大した学力も付いていないのに土日が模試で潰れることだった。

今まで自分が勉強出来ていなかったのは確かに自己責任だが、このまま過ごしていると非常に危険だと2003の5月に気付いた。

当時はビデオ授業で担任とされる者も殆ど校舎に居らず、実質的には宅浪と殆ど変わらない状況だった。

相談しようにも殆ど校舎に居ないのもあれば、相談しても役に立たないという見方もあった。

父親が言うから通っていたのもあるが申し訳ないが全然役には立たなかった。

全ての科目を同時進行させ、理数系科目もあまり質問できず自学自習もなかなか出来ない。

こんな状況で模試を受けさせれても成績が上がる筈がない。

何度も健康診断を受けても体が健康になることはない。

お酒や糖分を控えたり、運動するとか薬を飲むとかして対策をするから次からの健康診断でも結果の変化をもたらすのだ。

勉強も同じだ。何回もTOEICをただ受けるだけでは得点なんてそう上がらない。

贅沢な悩みだと批判されればそうなのだけど、もう6月の時点ではほぼ先が見えていた。

結局、8月の下旬になる頃に数学Ⅲすらろくに始まらないのと予備校にこれ以上いると危険だと判断し、

父親と口論の末、辞めることにした。

結果が分かり切っているとやめることにしている。

予備校側の担任も当時は「残念ですね~」と言っていたそうだが、もう顔も見たくなかったので会わなかった。

はじめから行かなければよかったのだけど、

殆ど一人で過ごす羽目になったのになんでこんなことで85万円近くのお金と今までの時間を使ってきたのかが謎だった。

誰かに流される危険性の具体例の一つだ。

バカと言えばバカなのだが、眼も見えなかったのでもはや無理だった。

自分が信用出来ない場所に居続けて、時間と労力を失うことに我慢ならなかったのだ。

とまあこんな風に自称受験生の2003の夏が終わったのだが、迂闊に予備校へ行くと危ないよという考えは聞くに値する事実かと思う。

多少、フェイクも入れているがこの話と絡めて武田塾塾長の本の内容も読んで頂けたら理解が深まるかと思う。

たまに県立図書館に行くのだが、そこでの予備校のポスターにも驚いた。

国公立大学を目指すコースだと年間66万円掛かるそうだ。

凄いっすね。

神戸市福原の高級石鹸に11回行けますよ!!

神戸のもっこすで余裕でチャーシューメンを大盛りで食べられるね。

勉強出来ない人は自分が勉強出来ない事実に早く気付いてどうにかすることを考えたり、

必要あれば小中学校の内容(特に英語と数学)の穴を埋めるとかしたら良いと思う。

勉強する以前のマインドの整理は池田潤さんの旧、現ブログを読んで心を整えたりしたらいい。

言っては悪いのだけど、学校の先生や親とかもあまりあてにならないから自分で調べて考えて未来をおそれずに動いていくしかない。

独りよがりは危険だけど、自分で判断して行動することは勉強に限らず今後はますます要求されていく。

誰かの許可を待っているだけの時代は終焉を迎えた。

さあ、君が次にすることは何だろう?
sasashi0526.hateblo.jp
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意外とお金をかけなくても今の時代は学ぼうと思えば色々な形で学べるんだ。

公立高校へ入学する頃には既に差がついている

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この季節は色々と思い出すから嫌いだ。

さて、公立高校へ進学する人は4月から学校が始まるとして実際にまあ自由に使える時間は、

一年生だとその西暦でみれば9ヶ月、二年生だと一年間で1.9ヶ月とみてよいかと思う。

三年生になってくると模試やらなんやらで結構時間を喰う。

喰われ過ぎて体力的にも負担が大きくなる。
inoue04.hatenablog.jp
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三年生を迎える西暦を予備校へ通う一年間として考えた方が理想的といえば理想的だ。

かなり精神的な負担も減るからね。

この頃には物理や化学も一通り終わらせておいたら調整するのに時間が使える。

自分が高校三年生の頃の10月上旬に数学Ⅲが終わったのだけど、

今思うととんでもない話だと思う。

他の科目との兼ね合いも考慮するとカリキュラムもくそもない。

気付けなかった自分は愚かだった。

中高一貫教育の私立高校だと早くて中学二年生の頃から高校の内容へ移るという。

大抵は中学三年生に該当する時期に高校の内容へ移るそうだが。

これだけで既に公立高校へ進学した時点で結構彼らと差がついてしまっている。

凄い話だと思う。

因みに自分は高校時代はこんな事実は全く知らないどころか知ろうともしないで地獄を見た。

バカだった。

今の自分ならもう高校どころか多分中学校も無視して行かない。

行く理由がない。

得るモノがないと既に理解しているので。

人間、皆と同じことをしているとその時は安心を感じるそうだ。

その時はね。

人格障害と言われても構わないがこの点に関しても本音は言いたい。

こういう事実を知っているから公立小中高等学校で働いている教師達も自分の子供はちゃっかり私立へ入れている人も多いかと思う。

中学生でも自分が必要だと感じたら高校、大学レベルの数学や理科の勉強をした方が良い。

出来る人がいればの話だけど。

親御さんの理解も必要だ。

ただ、授業を受けることが目的になってしまっている人が相変わらず多いかと思う。

そうなると結局は授業を受けた事実が残るだけで誰も幸せにならない。

上記のことは責任は負えないけど、検討されてもいいかと。

黙って授業を受けてどれだけの人が身になっているかは非常に疑問である。

一見、中学校や高校へ黙って通い卒業を迎えることが正しいようにも見えるけど、

人生はまだまだ続くし、何が自分にとって必要で卒業した後の自分の人生についてもシビアに考える必要がある。

文化祭や運動会、掃除が嫌ならさぼってもいいんだ。

その時の時間を自分が生かしたかったら自分で考え、判断した方がいい。

嫌でも結局最後は自分の人生、自分が責任を取らないといけないのだから。


ここで余談。

ある専門学校の校長経験者から教えて頂いたことだが、

専門学校進学や就職の面接対策で高等学校の教師がその指導にあたる場合があるらしいが、

対策内容としては的外れの確率が結構高いらしい。

当然だと思う。

高等学校の教師が専門学校や民間で働いたり面接をしたりしたことが殆どないだろうから、

彼方が求めている事を知るわけがないのだ。

こういうことも親御さんや生徒さんは知っているのかな。


必要あれば人と違うことをしないと生き残れないのは事実だ。

最後には自分に責任がいくというのなら、自分で調べ判断し行動した方が後悔することが少ないと思う。

最後に持つべきは覚悟なのだ。

すぐやることの大切さ

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www.yamiblog.net

このブログ記事に書かれていることで大分心がすっきりした。

無料で読ませて頂いている身だが、

自分がどう動いたら良いかを判断するための参考になったことに感謝したい。

すぐ物事をやる意味を見出したというか、自分にとっては具体的な内容で早く動く理由になり得たから。

それは、やらなければならない事を何時までも頭の中で抱えておくと思考力や集中力の欠如に繋がり、

色々と悲劇が起こるからだと受け取っている。

まあ、その自分が手を付けるであろう物事の内容や状況によるがすぐに手を付けられないなら、

その物事の下準備や繋がりがあるであろう事柄から攻めていくことも有効だと思う。

何時までもやらないといけない事を頭の中で飼っておくというのは自分から失敗へ突き進むことに直結する。

上記内容でも結構抽象的に見えるかもしれないがとにかくやるべき事は早めにどうにかする算段をつけると、

あなたの人生も良い方向へ向きますよと言いたかったのだ。

これは自分に対する戒めでもあるのだけど。

変化の非常に激しい世の中だから、何時までも頭の中に色々抱えて行動するわけにもいかない。

このことは中高生時代で考え方を飲み込んで次の時代へ向かうことが出来ればそれに越したことは無い。


僕の父親の名言で「すぐやる、捨てる、丁寧に」というのがある。

僕の父親はある保険会社を勤め上げた人なのだが上記の名言を常に実行して定年を迎えた人だった。

この言葉自体、2009の初夏頃に聞かせてもらった記憶がある。

文字通りにすぐにやる、捨てるというのは主に不要な物で、

丁寧にとは仕事関係の内容を意味している。

実際に仕事も手を付けてみると予想以上に手間が掛かったり、時間が掛かることもなんら珍しくはない。

これはやってみないと分からない事実の一つだ。

更にすぐやることで納期が設定されていると納期からなるべく離れた日に納品することを目指すことになる。

以前の記事にも書いたがお世話になった「仕事の神様」曰く、

「納期80%、品質120%」を合言葉にされていた。

納期80%とは設定された納期より20%手前の日程で納品するという意味だ。

これにより信用を勝ち取る。

設定された納期より20%手前の日程で納品することが可能になるにはやはり早く手を付けて行かないと実現出来ない。

そういうことだ。


すぐやることの大切さは勉強や仕事でもやってみて初めて分かることが多い事も大いに関係している。

こういう事実も人生の早い段階で気付いておきたい。

あまりに忙しいと人はバカになる

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個人的に今まで生きてきて物凄く忙しく疲れていた時期振り返ってみると、

大学二年生の頃にレーシック費用を稼ぐために働いていた某水産加工工場での仕事をしていた時と、

冷凍船や内航タンカーに乗船していた頃だろうか。

上記に共通するのは時間が結構不規則で労働期間が長ければ長いほど、疲労も跳ね上がるという点だった。

あまりに忙しくても体力や精神的にどこか余裕があればバカにはならないかもしれないが、

自分に関してはその容量が明らかに他人より小さいこともあり結局最後までなんとかならなかった。

上記の仕事をしている間以前に高校時代でも似たような感触はあった。

通学時間が高校まで到着するのに自転車で片道90分近くかかる山の中で暮らしており、

サッカーまで部活としてやっていたので忙しさの極致といえばそうだった。

今思えば異常な事態だったのだが、

その忙しさというモノを当然のこととして受け入れようとしていた無駄に意識の高い時代でもあった。

結局、最後には何も残らなかったが。

今ではこうしてブログネタとして書くことも出来ているが正解だったとはとても思えない。

本記事の冒頭で書いた労働経験の内容から得られたというか、最後に残ったのはお金だった。

それ以外は微妙かな。

某水産加工工場での決まった期間の労働を終えたらなんとか東京で無事にレーシックを受けて今でも目は見えている。

船員時代のことはどうだったのだろうか。

あまりに多忙だったので本当に物事を考えることすら出来なかったという事実しか思い当たらない。

陸上職のサラリーマンもあまりに忙しいとバカになるということは似ていると思う。

読書すら出来ないというのであれば危険信号だと思うのだ。

そう簡単に仕事を辞めることも出来ないと思うが、

自分の今という時間が貴重だということも理解しておきたい。

タイムイズマネーだ。

あまりに忙しかったという事実だけが残るのなら、それは経験しなければ良かった事なのかもしれないのだから。
shigoto-times.com

紙やお札を舐めないでほしい

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図書館で週刊誌を読んでいる時に目の前の老人が別の週刊誌をページ毎に舐めながら読んでいるのを見て書くことにした。

直接言うことはしなかったのだが、非常に気持ち悪いのでやめてほしいと強く感じた。

誰かの迷惑になると考えはしなかったのだろうか?

注意してやめるというより、話し合いが通じないだろうと考え傍観することにした。

今まで学校を含めて別の場所でお札やプリントを自分の唾液の付いた指で触れている人を何度か見かけたことがあるが、

何故あのようなことが出来るのか理解出来ない。

そのような価値観で育ってきたのだろうけど、今まで誰にも注意されなかったのだろうか?

それなりに長く生きていれば誰かに指摘されることもあった筈だ。

もう誰かの指摘を謙虚に受け止められる程の柔らかい心は持ち合わせていないのだろうか。

今のところ、若者で唾液を指に付けて物に触れる人をみたことがない。

最近の若者は~と言われることもあるが、最近のお年寄りもたちが悪く見える。

駅員への暴行、自動車運転事故と近年報告されるトラブルではお年寄りが多く関わっているようにも見える。
ameblo.jp


気のせいではない。

自分が見た限りでは50代後半からおかしな人が増加傾向にある。

冷凍船や内航タンカーでも60代位になると色々とおかしな人が多かったように思う。

特に前者は酷かった。

所謂キレやすい老人や非常識な老人である。

昨年亡くなった僕の祖父は90歳以上であり、戦争経験者だったが非常に謙虚で勤勉な方だった。

亡くなる直前まで目が見えなくてもラジオを聞いていて頭の中もしっかりとしていた。

この差は一体なんだ。

昭和老人と今の老人には大きな差があるのではないか。

既にインターネット上でも色々と言われているが、

実際に自分もおかしな者を何度か見ているのでこの情報は正しいと見ている。

冒頭のマナーの悪い老人もまた何処かで同じことを繰り返していることを思うとやりきれない。

これから大阪府を拠点にして色々と動く可能性が高いのだが、何とか平和に生活していきたい。

自分の身は自分で守る。

気付ける内に気付いて矯正することをしないと後々困るのは自分だ。

このことも自分自身に対する戒めとして書いた。

デジタルの無償の医療行為

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shijinblog.hatenablog.com
welqをはじめとするキュレーションサイトの台頭で台無しになっていたのだが、

2月3日頃にGoogleも自分達に矛先が来始めたことを懸念して検索エンジンアルゴリズムを変更したそうだ。

ただ、自分はあまり実感が湧かない。

丁度2月3日の節分の日だったので、welqをはじめとするキュレーションサイトを鬼となぞらえて厳しい評価を下したのだろうか?

まあ、やらかしている内容が鬼だったからね。

インターネット上の豆まきという意味合いで制裁を下したのかな。

そんなことはないか(笑)

Googleの社則の一つが「邪悪になるな」とどこかで聞いた。

今回のアルゴリズムの変更が邪悪から離れる手段の一つになっただろう。

そう信じたい。


無償の医療行為という言葉こそ当時は思ったことはないが、

僕が大学2、3年生の頃に実生活での心身の苦しみから救いを求めてGoogle検索エンジンを使って色々調べていたことがある。

高校時代のトラウマ、目が悪かったためレーシックの情報、両親との人間関係、友人だった者との絶縁の仕方、

アレルギー性鼻炎の治療法、不眠症への対応等である。

今、思い出して書き出してみるとなかなか当時は闇が深かったのだと思った。

2006、7年頃に調べまわっていたのだが、案外つい最近よりかは検索結果が良かったのだと思っている。

最近も検索エンジンアルゴリズムが変更されたのでまだ色々と苦しんでいる方達にとっては少し前進したように見える。

問題解決の内容を調べてからが本番で、今後は検索エンジンから妙なモノがトップに出てくる事態は無くなって欲しい。

無償の医療行為とは言っても心身に纏わる問題に関する内容だけでなく、

仕事や勉強、人間関係、狩猟、ITと多岐に渡る。


仕事が見つかる、進路を切り開けるという生きる上での心の治療にも繋がるかと思う。

物騒な事件が多発している世の中だが、こういう所から希望を見いだせる人が少しでも増えてくれたらと願ってやまない。

有吉弘行の「お前なんかもう死んでいる」

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2013の春から初夏にかけて冷凍船に乗船していた時に船内文庫として本棚に保管されていた数少ない、
当時自分が読み込んだ本である。
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1998は自分は中学二年生で猿岩石については漠然と知っているという程度だった。

知っているというだけで別に興味があったわけではなかった。

ただ、いつの間にかテレビで見かけなくなっていたがあまり意識することはなかったが。

この本を見つけるまでは。

当時、韓国のキャッチャーボートから鰹を受け取るため時間調整をして漂泊していたのだが、

暇を持て余していたので船内の事務所をぶらぶらしていて偶然見つけた本だった。

空き時間を見つけて読んでいたのだが内容がなかなか過激だった。

なんかの拍子で一気に売れっ子になり舐めた態度を周囲に取るようになってから干されたという自業自得な流れであった。

仕事がない間に本人の妙なプライドがあってアルバイトや日雇いすらすることが出来なかったというのも衝撃的だった。

彼の立場で生きたことはないけど、

それはそれで心の中で行動するのになかなか折り合いがつかない苦しみがあるのだと初めて知った。

その間も東京に暮らしていたり風俗嬢に会いに行ったりとお金をそれなりに使っていたので、

この本はやらせの面もあったのかなと勘ぐってしまったけど。

干されるってのは別に芸能界に限った話じゃないのだけね。

変なことしてたら見ている人はちゃんと見ているわけで後でちゃんと痛い目をみるように世の中上手くできている。

ただ、お金に対する執着というか臆病な想いは共感した。

どんなに収入が増えたとしても暮らす所のレベルを上げないとか警戒するような考えは必要だ。

あまり人にたかるスタイルは見ていて不細工なので真似したくないが。

自分も宝くじやあぶく銭やらでなんらかの拍子で大金が入ってきても生活習慣は変えるつもりは無い。

車も買わない。

有吉氏は貯金が100万円を切り始めた時に物凄く焦ったそうだが、

その後に運よく色々な仕事を見つけて選ばずに挑戦していったそうだ。

時に走り、顔の出来を気にして生活していたそうな。

初めにやらせと思ったと書いて悪かった。

多分、ノンフィクションのお話だと思う。一部フェイクは入れているのだろうけど。

お金に対する想いを一番この本から読み取り記憶したように思う。

どんなに収入が増えようがお金に対しては臆病な位に警戒して生活レベルを上げない。

見栄を張る人が世の中多いので意外に難しいかと思うが、生き残るためには必要な哲学だ。

偶然この本に出会えたのだが当時、南半球の某海域で読み込んでいたのが今でも懐かしい思い出だ。

ハングリー精神よどこへゆく

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vchi.jp
ハングリー精神という言葉を聞かなくなって久しい。

というより昔からあったことすら疑わしい。

自分以外で持っている人がいたのを見たことがない。

漫画だと昔のキン肉マンに出てくるテリーマンが本編のどこかで口にしていたのを微かに記憶しているくらいだ。

他では口にこそしていなくてもそれを体現していたような漫画は聖闘士星矢くらいだと見ている。

いずれも1980年代の漫画で今とは漫画の中の雰囲気も異なる。

当時は漫画だけじゃなくて実際の人間社会にもハングリー精神というものがあったかもしれないが。

どうなんだろ?

因みに僕が中学生だった1997~2000の3月までは少なくともハングリー精神的なモノを持とうとしていた。

大して成果を上げていなかったので今で言う意識高い系にもろ当てはまっていたが。

中学生の初期からサッカーを何故か初めてそれなりにトレーニングに時間と労力を注いできた。

大半が小学校から修練してきた者達の中での生活だったので彼らに追いつくことを目標にしていた。

ハングリー精神という言葉は頭に浮かばなかったけどやっていること自体はまさにそれだった。

別に誰かに言われて色々やろうという気持ちがあったわけではないが、

ある意味サッカーに逃げていたという側面も確かにあった。


当時はガラケースマホ、インターネットも普及していない時代だったことも影響しているだろう。

それで何もなかった人達は何かを得ようと躍起になる。

今では瞬間的に多くの情報に触れることが出来て、お金さえあればAmazonで欲しい物は大体手に入る。

でも、今の時代あまり豊かだとか本当に幸せだとか感じている人が結構少ないように思えるのは何故だろうか?

心の隙間を埋めるモノが足りていない。

明らかに僕の中高生時代よりかは触れられる情報量や人生の選択肢が飛躍的に増えているのにも関わらず。

ハングリー精神を持つことが正しいとは常に言えないけど、生きがいを持って生き生きとしているようには感じない。

元々、生まれた時点であまりにも周囲にモノが満たされているとそれはそれで幸せには程遠いのかなと思った。

文章がなかなかまとまらない。


お世話になった「仕事の神様」がよく言っていた。

「私は満足な豚より、不満足なソクラテスの方が良いです!!」と。

満足というモノが常に幸せをもたらさないのかなと感じたコメントだった。