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小さな海の話をしよう

以前は船員をしていました。今後は陸上で時間をうまく使って生きていこうと考えております。

お金もまた使い手を選ぶ

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昔観た「家なき子」というテレビドラマで、

「人間はお金に負けない!」と若かりし頃の安達祐実さんが叫んでいたのを未だに記憶している。

当時、自分は小学生高学年でその言葉を一瞬とはいえ本気にしてしまったのが恥ずかしい。

お金というモノはそこに存在するだけで、別にお金に勝つとか負けるとかはないのだ。

お金もまたITやインターネットと同様に手段である。

間違っても目的ではない。ただの通過点だ。

というわけでテレビはもうあまり観たくない。

地デジへ本格的に移行した2011の7月に処分してそれきりだ。


身近で宝くじに当選した人を見たことも聞いたこともない。

本当にない。

あっ、ある。

僕だ。

とは言っても昔、

某水産加工工場でのバイト帰りに1000円分のスクラッチくじを購入して、

2000円が当たったのだけど。

それ以降宝くじは購入していない。

興味すら持たずに今に至る。

一応は家族、恋人、知人友人にはもし宝くじに当選した際は絶対に僕には何もいうなと予め言ってある。

とにかく何が何でも絶対に言うなと釘を刺している。

横山信弘氏の「絶対達成!」だ。

もうこれは理屈抜きである。

とにかく余計なトラブルは避けたいのだ。

余計なことを考えずにラーメンを食べたい。

自分の調べた範囲でしか書けないが、

宝くじでには歴代韓国の大統領が退任した後並みに悲惨な末路を辿る危険性も秘めている。

お金があると生活の選択肢が増えて食事や光熱費、住居等で色々と都合が良くなるのにと思うのだが、

案外そうでもないらしい。

一瞬だけこの世の支配者になったつもりでその直後にぶちスライムに格下げになるということなのか。

世界仰天ニュースみたいな番組でその不幸のバリエーションを目にしたことがある。

どこからともなく情報が洩れて知り合いや友達、親戚が増加するらしい。

下手をすると家族や恋人まで豹変するケースもあるとか。

人間不信になりますね(笑)

ホームアローンに出演していたマコーレーカルキン氏も宝くじではなくとも似たような感じで大変だったと聞いている。

あんなにお金が入れば幸せだろうにと誰もが羨むのだろうけど、事実は小説より奇なりということなのだろうか?

肉親と揉めるというのも世も末だが。

他に破滅した人のお金の使い道がバカみたいに海外旅行やら贅沢品を買いまくる、後は思いつかない。

っというか見たくない。

そういうのは所詮、使い道すら限定的で面白みもない。

何も生まずに時間と神経だけすり減らす運命にある。


泡銭ほど消えモノに使った方が良いかもしれないが。

泡としてこの世に発生したのなら泡としてこの世から消えるように使っていくか、

せめて誰かの役に立つように使うとかの方が案外マシなような気もする。

お金が無くてそれなりに学力がある若い人がいるのなら東大や京大の工学部へ進学したいならその学費と生活費を提供して、

卒業後はしっかり働いて雇用保険と税金を納めるように言うとか。

別に医学部でも農学部でも法学部でもいいし、IT関係の専門学校だっていい。

見込みのある人に投資するという意味で提供した方が他の人も幸せになるかと思うのだけど。

せめて使うのなら他の誰かが幸せになるように使うのが良いかもしれないけど。


何度でも引き合いに出すが、「仕事の神様」曰く、

食べていくことこそが一番だといつも言っておられた。

まずはこれこそが第一だし、生身の体を持っていたら当然のことだ。


漫画のブラックジャックの様にどこかの美しい島を複数買い占めて管理してしまうのも良いかもしれない。

美しい自然は残すべきなので。

後は、、、、、政治家に税金として莫大な億単位のお金を納めたら多分此方の言うことを聞いてくれるのでそうすることだろうか。

amazonは存在する小売店全てを破壊すると何処かで言っていたらしいが、(数年前のクーリエジャポンにジェフベゾスが全てを破壊すると書いてあった。)

僕はこの世に存在する全ての小中高等学校を破壊したいと思っている。

大学もこれからは数が減るだろうけど。

建物ではなくて、システムそのものがターゲットなのだが。

学校、要らんでしょ?

有ったとしても民間でハードワークをしてきた人が指導・講義した方が余程説得力あると思うけど。

無理して通学しなかったら落とさなかった心や命もあるだろうに。

学校じゃないと勉強を学べないという考えの方が効率が悪いと思うが。

時間と場所を選ばないのは何も仕事だけでなく、遊びや勉強もそうじゃないの?

と思ってみる。

キン肉マンに登場するミート君の様な天才に金を使うシステムとかに回せないか考えてしまうが。

時々、何らかの拍子で生まれてくるだろうから国レベルで保護しないとダメだろう。

勿体ない。

うーん、やはり投資か。

山奥のミネラル豊富な環境でトラフグを飼育する際の投資とかどうやろ。

山奥でクエを養殖するのも面白そうだけど。出来るか分からんが。

ボラも刺身は絶品なので山奥で育てられたら面白そうだ。

イカ、タコ、貝も出来たら良いと思うけど。

何故だか水産資源にも目がいってしまう。

元々、学校がそっち系だったことも影響しているのだろう。


宝くじ、

万が一億単位で当選しても契約社員かバイト、日雇いでも辞めないだろうな。

変なバイトでも治験でもブログネタにはなるだろうし、

寧ろ積極的になるだろう。(恒産無ければ恒心なし、父親が僕に教えてくれた言葉だ。死ぬまで忘れるつもりはない。)

外の環境からの刺激はお金で買うことは出来ない。

水だって変わらず家で飲むか、近所のスーパーでボトルに詰めて無料でいただくつもりだ。

お金に関する哲学はホリエモンと同時に元猿岩石の有吉弘行氏のあの例の本からも参考にするつもりだ。

それ位、お金に対して臆病になりたい。

臆病だからこそ生き残るのだ。
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くしゃみが止まらないからサウナに入り浸る

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今日は土曜日なのでジムも21時で閉館となる。

今日は昼間に色々と大切な用事があったのでジムへは夕方に行くことにした。

くしゃみが朝から止まらない。

喉がいたいわけでもなく咳も熱も寒気もない。

季節が季節なので花粉症かいつものアレルギー性鼻炎からの影響かを考えてみたが、

雨が時々降るような天候なので考えにくい。

今日お会いした方からおそらく風邪ではないかとの指摘を受けたので風邪だと思うことにした。

こんなにくしゃみがアホ程出てくるのは結構久し振りである。

時々、鼻や他の体の部分が微妙に痒くなってくるので物凄くウザい。

三回くしゃみを連発すると自分自身に殺意すら起こる。

それ程、此方の精神を消耗させる程の酷いくしゃみデーであった。

ジムに行くことはお約束なのでなるべく長く回数を多くしてスチームサウナに入ることにした。

こんなことをしてると何時か死に場所がサウナになって洒落にならないと考えていた。

サウナと一心同体的な感じもしていたのだ。

そして、無理をしてしまったためかサウナルームから出てくる時にふら付いていたが、

あまりにくしゃみが出てうっとおしく感じる気持ちの方が遥かに強く許せない気持ちは続いていた。

状態としてはキン肉マン二世に登場するケビンマスクみたいな感じだった。

半ばヤケクソでやったのも事実だ。

薬だとコンタック等の薬は昔服用していたこともあったが今ではもう見向きもしていない。

殆ど薬を飲むこともないがここ数年難儀していないのだ。

大浴場を含め体内に相当熱を貯め込んで、

デストロイア戦のゴジラみたいになっていたと思う。

帰宅してからもくしゃみ地獄を味わっていたが熱い紅茶を飲んで鼻の通気を良くしてみた。

正体不明の地獄であったが寝れば多少マシになるかもしれない。

明日からまた新しい一日が始まる。

そう考えてくしゃみをシカトして寝ることにする。


熱く感じる環境に身を置いているとくしゃみや鼻の痒みからその時だけは守ってくれるのだ。

熱さを取るか、くしゃみを取るか二つに一つである。

良いと思った物理の勉強法(物理が苦手な方へ)

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このブログ主の記事を高校時代に読むことが出来たらと思うとクソっと思うことだらけである。

読みたかったな。


さて、センター試験では物理は100点を狙えるそうだ。

二次試験でも超難関大学の物理で満点を取る人もいるらしい。

時に生物より高得点を狙えるそうだ。

数学の様に裏切ることもある理数系科目だが、微積の様に努力も報われる点もあるということなのだろうか。

というのも色々な本(和田秀樹氏)やブログを読んできたこともあるのだが、

僕が2003に愛媛県松山市で浪人生活を1年間送っていた時に愛媛大学医学部に所属していた方に教えて頂いたからだ。

順調にいっていたらその人は2009の春には医師になっていたと思う。

当時、僕は何も知らずに予備校へ通っていて青チャートの例題に関する質問をしに質問コーナーへ行ったと思う。

そこでいつの間にか理科で生物と化学を選択している話になり、

生物よりも物理の方がいいよと教えて貰ったのだ。

センター試験では安定して満点を狙いやすいし、

二次試験でも地方国公立なら結構高得点を狙えると言われたのだ。

当時の愛媛大学医学部や金沢大学医学部等は二次試験の理科で物理が必修だと言っていた気もする。
(これから受験される方はちゃんと各大学の要項で調べて下さい。)

医学部なのになんで理科で物理が必修なんだ?と当時は物凄く疑問だったのだが。
(別に試験に通過したら休みの間に高校生物の本でも読んでおけばすぐに済むのだけど。)

それまで本当に受験関連の本を読んで調べて考えたことすらなかったので衝撃的だった。

どんなけお前遅れてんねん!と自分に対して思ったものだが本当であった。

あまりに無知というより、和田秀樹氏の本にも確かに似た内容のことは書かれていた。

そもそも高校二年生に進級する時に文系と理系に分かれる際に理科で生物を選択しようとしていたら、

物理を選択しないと就職ないよ?と嫌いな人間に言われた記憶がある。

それでムキになって生物を選択したという経緯もあるのだが。

ここでも情報がないとか知らないというのは怖いなと思った。

その方は神奈川県の中高一貫校を卒業して河合塾で一浪してここまで来たらしい。

ああいう情報はある程度の進学校では常識だと言われた。

そこにいたもう一人の愛光出身の医大生も似たようなコメントをしていた。

当時は今ほど中高生がインターネットに触れている状況でもなかったのと、

よくよく書店で本を漁り読んでみたら受験関連の本にはある程度似たような内容の情報が書かれていたので、

ちゃんと本で調べれば触れられた情報なのだと反省した。

今の時代より当時の方が、自分から進んで情報を取りに行かないといけなかったのだ。

だが、情報を取りに行く以前にその情報が存在すると認識しないと取りに行くことすら出来ない。

気付き知るきっかけの方が大切なのだろう。

それが全ての始まりだから。


今はメールでもLINEでもWeb上でも書店でもあまりにも情報が溢れているのだけど。

受験物理という具体例を挙げたけど、

何事も疑問や好奇心を持つことにより気付き考えたり調べるきっかけというのもいつも探し求めた方が良いかもしれない。

必要というより、これをしないと後々自分の人生において大損するおそれだってあるので。

知らないと考えようがないから先ずは気付き、知ることが一番大切だ。

知っているからこそ対策が出来るからだ。

紙の本でもインターネットでも常に自分に、

目に見えないアンテナを張り巡らして上手く情報を捌けるようにして生きていきたい。

子供を抱える親や学校の教師こそ勉強以前にこのように情報を取捨選択する大切さを教えていくべきだろう。

何故あまりやろうとしないのか。

どうでもよいことは直ぐに記憶してしまう

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昔から本当にどうでもよい事は直ぐに記憶してしまう。

何かあった西暦や日付、時に時間帯、誰かの名前や何かの場所と色々ある。

後になって気付くことばかりであるけど、

覚えようとし覚えているわけではないのが衝撃的である。

寧ろ覚えようとすると殆ど捗らないのが現実であった。

そういえば、

勉強でも仕事でもあまり覚えようとしないで眺めていたらかえってその方が定着具合が良かった記憶もある。

皮肉といえば皮肉なのだが、

振り返ってみるとあまり覚えようと理解しようと自分の中で神経を消耗してやろうとすると、

かえって疲労が増してそれで終わることだらけだった気もする。

他の人で似たような人は居るのだろうか?

例えば僕の父親や弟は努力タイプで頭も良いが、

演習度合もそれはそれは見ていて激しいと感じている。

ただ彼らからあまり記憶力の良さは感じない。

彼ら自身のしている事に対しては頭角を現して前進しているようだが。

あれこれ意識的に記憶しようと考えた時期もあったが、

何の役に立つのか考えてみたり、

そうすることにより発生する楽しみが何なのかを考えてみたらすぐに辞めてしまった。

多分、楽しみというか好奇心が記憶するであろう対象に発生しないと見向きもしないのだと思う。

それか頭の中でリラックスして記憶に関することで無心になっていないかである。

ギャンブルと同じくして記憶や理解もあまり欲を出さずに無心で挑めば案外、

果てしなく得るモノがあるのだろうと見ているのだけど。

他の人もそうなのか時々気になるのだ。

心身のリラックスという話へ繋がっていくが、

学問でもスポーツでも根っこのところでは同じ所を源にして良い成果を上げていくのだろうね。

疲れるのが怖かった過去

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仮面ライダー剣の感想(47話)handlessdragon2.wordpress.com
だから、いつの間にか勉強も運動も努力しなくなっていた。

高校時代から感じていた感覚だと思う。

しまいには大学時代にサッカーを辞めてしまい、

あまり走ることも出来なくなっていた。

疲れるのが怖かったというより、

疲労を覚えている時に無理をして本を開いたり体を動かすことによって発生する更なるしんどさを味わうのが物凄く怖かったのと、

そんなことを無理して続けたところであまり成果が上がらないことを自分の体をもって理解してきたからといった方がいいだろうか。

努力や鍛錬も四六時中するわけにはいかない。

ただ、全く何もせずに過ごすこともあまり褒められたことではない。

時間もお金も体力も気力もやはり有限なのだから、

やる時はやらなければならない。

カタール行きのLNG船に乗船してからこの傾向が強くなっていったと思う。

全員フィリピン人の船、冷凍運搬船、内航タンカーと疲れやすさは増していった。

ある意味、学習性無力の様なモノを感じていた。

よく犬を使った実験で記録されているあの実験だ。

それの人間Ver.である。

勉強にしろ運動にしろ疲労を覚えている中で無理にやろうとすると学習性無力に人間でも陥る。

ただ陥っても生きていかないといけないので、

何時までも何もしない、出来ないでいてもダメなのだが。

自分の他にも似たような人が多分この世の何処かに存在しているだろうからあまりきつく言うことは出来ない。

手を抜く時は抜く必要もあるだろうし、

毎回渾身の力を込めて「何か」をしても力を込めただけの結果が出るわけでもないことは事実だ。

正しい生き方というのは定義出来ないけど、

天啓が訪れるまでぶらぶらしてみるとか、気の済むまで海や森を眺めたり遊んでみたり、

高い酒を飲んでハイテンションになってみたりする方が人生楽しいかもしれない。

表面的には上記内容は堕落の代表格に思えるかもしれないが、

四六時中努力して勉強したり働いたりしていても人間は確かに一生努力は出来ない。

不可能なのだ。

無限ではない。時間も体力も気力も。


最近ではスチームサウナによく行き汗や油、前日に摂取したアルコール等を体内から排出することが多い。

ジムが休館日でなければほぼ毎日通っている。

1,2月の寒さがあまりにも酷かったこともありほぼ毎日行くように心掛けていたのだ。

プールの中でのんびり歩くことがあるが、激しい運動は意識的に避けるようにしている。

帰宅時の体力は温存しておきたいので。

変な物質を体内から出し続けてきたためか最近はあまり体調が悪く感じない。

この状況で多少、疲労を感じたとしてもあまり不幸な感じもしなくなってきたのだ。

今までここまで汗を掻いていた自分の時代だとサッカーをしていた中高生時代だけだったと思う。

はっきりと説明は出来ないが、

元々寒さ対策として強く意識していたこの習慣が、

体調を整え疲労と前向きな意味で向き合うようになってきたのではと感じている。

最初からこのような流れを考えて行動してきたわけではない。

これもまた後から振り返って気付く点と点を結び付けて直線を作り出すことの一つであると今思った。

最近行ってないからそろそろ行こうかな。疲れを癒すために。
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逃げるは恥だが役に立つらしい

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と聞いたが、

「仕事の神様」曰く、そうだったらええっすねえ!!と叫んでいた。

いつもクレイジーだが企業の経営者はこうでなくちゃいけない。

こういう所が大好きだった。

いつの世もリーダーという者はクレイジーらしい。

まともな人間は居ないということだ。

ジョブズ織田信長とかがそうだったろう?

さて、ドラマは妹が録画して観ているところをショルダーハッキングの如く後ろから眺めていた。

漫画はGEOでタダ券を二枚貰ったので1,2巻を借りて読んでいた。(今年の1月の話だ。)

どの辺が逃げるなのかよく分からなかったがまた機会があれば読んでみたい。

流行したからというより個人的な好奇心からだ。

別に読んだからと言って結婚したくなることもないだろう。

そういう人間だからね。

逃げるというのは色々な所で悪く言われることが非常に多い。

悪く言っている人は両親だとか仕事の神様だとか、学校の教師だったと思う。

逃げるという言葉自体が結構抽象的な言葉だ。

何から逃げて、その後にどう生きるのかを考えていくことこそ大切だと思うのだ。

先を見据えないでただ逃げることはあまり褒められたことではないが、

逃げなければ心が完全に崩壊するだとか、命を落とす場合は逃げるべきだ。

考える基準は自分自身の我慢の臨界点が何処かを正確に見極めた所だ。

実はこんなことは殆ど誰も指摘してくれない。

だから見極める点を見誤って破滅の人生を突き進む人も出てきてしまう。

そもそも臨界点の存在を知ることから全ては始まるだろう。

生活していて自分がどこまで何に耐えることが出来るかを普段から探さないといけない。

そうすることが自分の中の臨界点の存在を理解することに繋がる。

日々、生活の中で感じることにもう少し目を向けてみよう。

このことは年齢や性別は関係ない。

誰だって楽しい、快適な人生を送りたい筈だ。

そうなるように調べ、考えて判断していくのだ。

せっかく感情を持って生まれたのだから自分の内なる声に耳を傾けよう。


生きていれば、

何処かに逃げても後で態勢を整えて再トライ出来る。
ameblo.jp

ブログをなんとか書きやすくする工夫はないか

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自分一人でリラックス出来る空間を持ち,

危険なストレスを持たないで言いたいことを一旦、

独り言で構わないから自分で呟いてみることだと思う。

そこから書き出していく方法はあると見ている。

実はこのことは僕がやっている。

小論文もブログも確かにネタが大切なのだが、

いきなり心の中で思っている言葉だけを黙読してみてもあまりうまくいかないことが分かってきた。

周囲に誰かが居たらなかなか独り言を言えないというのもある。

だから、

極力自分だけの居場所というか空間を作ってメモ帳にでも書いてストックしていけばいいのだ。

自分だけの部屋やビジネスホテルの一室等他にも色々探せばあるかもしれない。

作業が捗るためのパーソナルスペースの確保だ。

作業をする以前に作業は既に始まっているのだ。

作業するための環境というか舞台設定、使用するツール(パソコンやマウス)とある。

他にも自分が必要があると判断すれば思い切って揃えてしまった方が良い。

自分の内なる声に耳を傾けるのだ。


環境に関して更に言うならあまりにも酷い寒さや暑さから意識を守ることもした方がいい。

今年の冬は寒さが酷かった。

手足が死人の様に冷たく、これがまた余計なストレスを溜める原因になる。

する価値のない我慢は容赦なく切り捨てて良い。

これもまた個人の判断で別れてくる話題だが、自分で良いと感じる環境を設定していくのだ。

自分の勝ちパターンを設けるための手段だ。


体調や時間帯に関してはやはり昼間に書くことの方が良いかと思う。

夜は悪魔が支配する時間と言われていて、

夜に出来上がった記事を翌日の朝に見返してみると結構、酷い有様だと聞く。

まともに書き出すことは極力昼間をオススメしたい。

数学等の理数系科目も午前中に学習するのが良いと言われている。

ブログ記事を書くことも頭を使うと言うのなら事情は似ていると考えてよいと思う。

ネタやきっかけを思いついたら昼夜問わずメモでもしたらいい。

ただ、記憶や思考にも鮮度があるので自分の中で鮮度が落ちきる前になんとかした方が安全かと思う。

体力については縁の下の力持ち的な見方をしている。

生身の体で生きているのなら決して体調や体力は無視出来ない。

スポーツジムでトレーニングしたり、温泉やサウナで体内に熱を蓄え体調を整える等が

間接的に読書や勉強、ブログ記事執筆に貢献することもあるので体の事情に留意することは大切なのだ。

人は自分が良い状態でいるからこそ、勉強や仕事で成果を上げやすくなるのだ。

普段目に見えていない土台にも気を付けたい。


ネタに関してだが、

自分の最終学歴までに経験したことや思い出、トラウマ、怒り等あれば差し支えない範囲で書くのも良いと思う。

他にはアルバイト、何らかの社員、治験、特殊なバイト、色々な想いを経験した人間関係等かな。

食事や体調に気を付けている、実際に試していることもありである。

医療関係は気安く書くわけにはいかないが何かの病を乗り越えた経験談等も良いと思う。

身近な件では水虫、虫歯、歯石取りと歯科検診、脱毛、献血とかもありだろう。

SEOに関しては本も一応所持しているし、

色々な所で聞くが自分が誰かに伝えたいという本当の気持ちこそが確かに究極のSEOだと僕も思うのだ。

何度も引き合いに出して申し訳ないが、

Googleが2月上旬に日本独自のアルゴリズムを変更したことによりまともなコンテンツを搭載したサイトは今後は追い風になるかと思う。

まあ、あまりお金儲けや自尊心を前面に持ち出し過ぎても意外と幸せにはなれないと思うので、

下手に結果を求め過ぎずに落ち着いた気持ちで日々過ごしていくのが無難かと。

調子が悪ければ読書や掃除、温泉、食事と選んで過ごしていったらいい。

そこからまた好転することだってあるのだから。

色々なこだわりを捨てて楽を目指そう。

執着しなければ見えてくる境地というものも確かに存在する。
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スタッパカミーノ(煙突掃除はいかがですか)

過去 このブログが凄い!! 価値観 友人 時間の大切さ 漫画 生き方

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1994の毎週日曜日の19:30に放映されていた。

当時、静岡県浜松市に住んでいて同級生の忍者も見ていた。

スポンサーがハウスでイラストが癖がなく普通に見ていられるモノだった。

ただ、話の内容が結構シリアスというかハードで子供ながらに観ていて心にくるものがあった。

主人公は拉致られて売り飛ばされて何処かの街に来ていた。

勉強をしたい!とよく劇中で愚痴っていたように思う。

舞台はイタリアだったろうか?

黒い兄弟という言葉も言葉だけ記憶している。あとはさっぱりだな。

あまり真剣に観ていたわけではないのだが何故かそう思ったのだ。

もう一人の主人公的な存在の確かアルフレドだったか、

イケメンで性格が良すぎて明らかに後々死にそうというか貧乏くじを引きそうなタイプだったが、

観ていて嫌いではなかった。

ただ、現実でもアニメでもあのように優しい思慮深いタイプが

結構貧乏くじを引くことが多いのは理解していたのでどうにかならないかとは思っていたが。

ツンデレの元祖的な存在の浮浪少女も居た。

ルフレドに気があるようだったが最後まで一緒にはなれなかったようだ。

僕はあのベレー帽みたいなのを被った浮浪少女をツンデレの元祖ではと認識している。

当時1994だったが、既に内容がツンデレというのがあったということだ。

観てみたら分かるが、明らかに今風でいえば「ツンデレ」だったと思う。

とまあ、日曜日のアニメもいつのまにか観なくなり殆ど関心もなくなっていたのだが、

時々スーパーのパン売り場のフランソワの所に非常にロミオの青い空に出ていたキャラクターの様なイラストが掲載されていたのを思い出し、

この記事を書いていたのだった。

同級生の忍者が当時よく「スタッパカミーノ(煙突掃除はいかがですか)」と叫んでいたのが懐かしい。

彼も結婚して今は故郷に居ないそうだが、

今でも記憶している昔の話だ。

本当は人と話すことが大好きなんだ

このブログが凄い!! サポステ ブログを書く動機や理由等 人生の最適化 人間関係 価値観 教育 時間の大切さ 生き方 継続 親子関係 友人 家族 彼女との生活

中高生時代、大学時代と普通に話せる人との会話はやはり弾んでいた。

ただ、自分と普通に話してくれていた人達は大体自分から見ても良い人が多かったので、

僕のレベルに合わせて会話してくれたのだと思っている。

思えば大学入学以前も語彙や何かのネタについて調べて勉強したことが殆どなかったので会話のどこかでつまらないとよく感じていた。

人の言っていることが分からないからつまらなかったのだと思う。

その言葉や内容に関する知識や情報が自分の脳内において欠損していたのだ。

このことについては特に中高生時代に非常に強く感じていた。

会話の何処かでつまらないなと常々感じていたのだ。

当時はつまらないという感情を強く感じていただけで、

このように知識や情報が欠損していると言語化すら出来ていなかったのだが。


自分と会話してくれる人の態度や雰囲気が良いと話していると安心する。

だが、それだけでなく互いに話している時の話題に自分がついていけるかも重要かと思うのだ。

語彙にしろ情報にしろある程度は自分の中に無いとやはりつまらない。


かつて大学入試の時の英語の和訳や現代文の評論文や小説を読解して、

理解する時に語彙や知識について考え始めていた。

その時点で考えてやりだすのも遅いのだが、

理解出来ないという事実がどうしても気に入らなかった。

だから知らないことを恐れないで読んでいったのだ。

誰かと会話する時に哲学用語まで使用することはそうないが、

今だと会話するのに割と難儀しなくなった。

聞き取りやすくなってきたようにも思う。

そのようになろうという気持ちも持ち続けていたからかもしれない。

気持ちの問題と多少の語彙力を如何にかして手に入れようともがいていたがようやく日常会話をするには普通になってきたようだ。

きっかけの一つが浪人時代に通っていた予備校だったこともある意味皮肉だが、

今の人生に前向きな影響を与えている。

変な冗談を誰かとの会話の中にすんなり入れられるようになってきたのも、

人と話すことが好きになってきたからだと思う。
komyushou.com

ブログを書ける内に書いておかないと病

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とは言っても無理に書いてもあまり宜しくないのである。

後は書いていても楽しくない。

楽しい方が続くし、経験上色々と得るモノがある。

2010の10月から今に至るまでそこそこ空き時間があったこともあり、

早くて2010の12月からでもはてなブログで自分のブログを開設しておけば良かったかなと思っている。

その後も多少は私生活で色々な動きがあったので書くネタが出てきていた。

アクセス数や収益を度外視して書いておいてもよかったかなと後悔している。

寧ろ無心の方が良い記事が書けるという見方もある。

競馬もパチンコも無心の方が勝てるのだ。


ブログを書くことにより文章力が上達するかは分からない。

あまりそういうことにも期待していない。

だからかえって遠慮なく多少は過激なことを書くことも出来る。

ただ今の自分がしている一番の理由は自分の思考の整理と何か自分に関するモノを残しておきたいという気持ちだ。

今は子供を儲ける予定も無いので、

子供に代わる何かをこの世に残すという意味もある。

インターネット上の「はてなブログ」において自分の記事を残すのである。

後々デメリットになるかもしれないが、

心の叫びや残しておきたい僕のバイアスのかかった記事を脳内に抱えているのだ。

既に実生活において2017の3/25の段階で2人に身バレしている。

その二人も時々読みにくるかもしれないが、

あまり遠慮するつもりもない。

かといって挑戦的な内容に意図的に変えていくつもりもない。

あるがままに。

この精神で書いていきたい。

3月に入り割と時間が手に入ったのだけど、

時間がいきなりできても劇的にブログが書けるわけじゃないことを書いてみて強く感じた。

書く以前に体力、気力、ネタ、自分自身の生理現象と上手く折り合いをつけないと実は書けない。

こういうことを体感してから書ける内に書いておきたいなあと強く感じるようになった。

拘りを捨てることにもした。

何故かオンラインにしていないと書かないようにしていたのだ。

別にオフラインでも通信速度が低下している状態でもメモ帳にタイトルと文章だけ作成しておいて、

後からオンライン上で微調整すればいい。

別にブログ作成に限った話ではないが、

何事も考えなくても良いような拘りはいっそのこと捨ててしまえばいい。

実際にやってみて分かることだらけなので。

ある程度の記事数までPROにしないつもりだが、今年はおそらくする。
shipvessels555913333.hatenablog.com
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